Columnコラム
第2回 慶應義塾大学(女子・関東地区優勝)のチーム作り
2024年3月15日~3月17日に日清食品presents第2回ラクロス全日本学生新人選手権大会~あかつきカップ~(以下、あかつきカップ)が岡山県・美作市総合運動公園ラグビーサッカー場で開催されました。
新人戦で優勝した7地区の男女16チームが出場(開催地の中四国地区は2位も出場)したのですが、そのうち男子5チーム・女子2チームが単独チームで出場しました。
単独で出場した大学はどんな工夫をして新入生を勧誘し、どのようにチームを作ってきたのでしょうか。男子・名城大学(東海地区)と女子・慶應義塾大学(関東地区)にお聞きました。
あかつきカップの出場チームや試合結果など詳細は公益社団法人日本ラクロス協会HP をご覧ください。
学業との両立はメリハリ
※本文中の学年は、あかつきカップ開催時の学年です。
スタンド席にいる慶應義塾大学のヘッドコーチ大久保宜浩(おおくぼよしひろ)さんから「(慶應義塾大学ラクロス部には)医学部生でタッチラグビーの日本代表がいる」と聞き、#50葛西里保さんにお話を伺いました。
慶應義塾大学 #50 MF 葛西里保さん
葛西さんは40人近くいる1年生のなかで一人だけ医学部の学生です。
医学部には、慶應義塾体育会(ラクロス部も所属)とは別に「医学部体育会」があり、医学部生の9割以上がそちらへ入部するそうです。
葛西さんも入学当初は医学部体育会の部活へ入部しますが、練習が週3~4回だったり、大会が年2回しかなかったり、「運動が大好き」という葛西さんには物足りなく感じられ、慶應義塾体育会のラクロス部へ入部します。
医学部生ならではの忙しさがあるなか、葛西さんはどうやって学業とラクロスを両立させているのでしょうか。
「とにかくメリハリをつけることです。あかつきカップ前の2月7日から3月12日は毎日、朝から晩まで実習があったため、わたしは練習に参加できませんでした。練習へ行けない分、毎日走り込むなど自分でできるトレーニングはしてきました。実習がない土日に練習試合に参加して、自分のベストに持って行けるようにはしてきました」
授業や実習といった自分ではコントロールできない「練習に行けない時間」は、別の時間で補う工夫をしてきました。
「ヘッドコーチの大久保さんが、ラクロス以外のこともがんばれる雰囲気づくりをしてくださっているので、練習に行けないことを理由にラクロスがしにくくなるということはなかったです」。
ラクロス以外のことにも取り組める環境は、葛西さんだけではなく、他のチームメイトにも活かされています。
「自由にできるからこそみんな生き生きしているし、いろんな面で活躍している選手が多いです」(葛西さん)。
慶應義塾体育会では、例えば留学や兼部などを禁止するところもあるそうですが、ラクロス部ではそれらが可能なところも魅力の一つだそうです。
「『ラクロスに掛ける時間が少ない』イコール『ラクロスをやっている量が少ない』というわけではなく、ちゃんと限られた時間でメリハリをつけてやっているので、みんなラクロスをするときはラクロスに集中し、レベルを上げることができています」。
タッチラグビーの日本代表
ドローを上げる葛西里保さん
葛西さんは、タッチラグビーの日本代表でもあり、今年7月に英国で開催されるワールドカップへも出場します。
2歳から高校卒業まで海外で生活していた葛西さんは、中学生のときにフィリピンでタッチラグビーを始めます。4年前のワールドカップではフィリピン代表として出場しました。
医学部の授業・実習に加えて、タッチラグビーの日本代表活動もあっては、本当にラクロスをする時間がないのでは、と聞いているこちらが心配になりますが、前述の通り、ヘッドコーチの大久保さんからは、「ラクロス以外」のこともチャレンジしてよい、むしろ「タッチラグビーの日本代表での経験をラクロスに活かせるから」と活動を後押しされているほどなのです。
4年生になっても進化している選手
葛西さんたち1年生は、今回のあかつきカップ閉幕で「新人」と呼ばれる期間が終わりましたが、大学生選手の期間はまだまだ続きます。これからの3年間で目指すものは何でしょうか。
「4年生になったときには、チームの主軸となっていたいです。後輩の一人ひとりをちゃんと見ることができ、みんなをまとめられる選手になっていたい。プレー面では『4年生だからこのレベルに達した』というのではなく、4年生なのにどんどん進化して、『あの人、また上手くなっていない?』と言われる選手になっていたいです」。
勝つためのプロセスを知る機会
葛西さんたち1年生を育成するコーチである和田知優さん(3年生)と山下菜々美さん(3年生)に、「フレッシュマン育成」の最終地点であるあかつきカップをどう捉えているのかお聞きしました。
慶應義塾大学 1年生育成コーチ 和田知優さん
自分も先輩に教えてもらってきたのだから、教えてもらったことを引き継いでいかないと、強い慶應が続いていかない。
「あかつきカップは、(関東地区の新人戦に出場した)他のチームより1回多く同期試合ができるうえに、その1回が2泊3日なので、たくさんの経験を積むことができる場です。あかつきカップでは『勝つこと』も大事ですが、同期のなかで『どういうプロセスが勝ちに繋がるか』ということを知ってもらいたいです。2年後3年後、自分たちの代になって『日本一を目指そう』となったときに、ここで体験した『勝つためのプロセス』は絶対に活きてくると思っています」(和田さん)
2年後3年後の原動力になる経験
慶應義塾大学 1年生育成コーチ 山下菜々美さん
「わたしが1年生のときにはなかった大会なので、(1年生当時の)関東地区での新人戦の話になるのですが、チームで『優勝しよう』と目標があったとしても、自分自身が試合になかなか出られず、すごく悔しい思いをしたんですね。そのときの悔しさが3年生の今とても活きていると感じています。1年生のときの経験は2年後3年後に活きてくると本当に思っていて、あの子たちもあかつきカップを通して経験したことが、2年後3年後の原動力になればいいなと思っています」(山下さん)
1年生の姐御になってください
1年生育成コーチの和田さんと山下さんにお話を聞く前に、ヘッドコーチの大久保さんから「1年生育成コーチを育成するコーチ」がいると聞いたときには、どれだけの組織力がある大学なのだ! と驚いたものですが、育成コーチのコーチである石川貴一さんに、どのようなことをしているのかお聞きしました。
慶應義塾大学 1年生育成コーチの育成コーチ 石川貴一さん
石川さんは育成担当が決まると、まず「1年生の姐御になってください」と伝えていると言います。
「自分の練習があるから、1年生のこと見ていません」という言い訳を石川さんは許しません。その厳しさを例えるなら、「JLA主催のリーグ戦に参加するためにチームに置いている大会委員や新人委員などがミッションを行わないと出場停止になる」のと同じくらいの重さがあると言うのです。
育成担当は、いつ質問されても1年生の状況について答えられるように、1年生と密にコミュニケーションを取っています。育成担当は「(1年生が活動しやすいように)チームの体制を変えましょう」とチームに提言できるほどに1年生に寄り添い、かつ時には厳しい姐御としてラクロス部への向き合い方を1年生に説くなどして、未来に向けてチームを作っていく立場にあります。
姐御たち。試合後に記念写真を撮ってあげています。
全員を輝かせるために育成がある
チームにとって「リーグ戦で結果を残すこと(優勝)」と同じくらい「育成」は優先事項で、そうしないと、今だけ強いチームになってしまうと石川さんは指摘します。
慶應義塾大学の「育成」は1年で終わりでなく、現在は「2年育成」体制を取っています。
「ラクロスを理解してプレーできるようになるには1年じゃ足りないと考えていて、2年間は育成という目で見ています」(石川さん)。
1年生のうちからトップチームでプレーしている選手もいますが、ほとんどがトップチーム以外で練習をします。フレッシュマンの育成に加えて、2年生の育成に力を入れることで、各々のレベルに合った環境で十分な試合経験を積み、ラクロスのプレーを学び、レベルアップできるのです。
石川さんは、育成の過程で選手たちに「チーム優勝に向けて、自分がなにをすればいいか分からないかもしれませんが、自分が今いるステージ(※)で輝くことが大切です」と伝えてきました。
100人部員がいたら、全員が全員トップチームに入れるわけではありません。けれど、全員がそれぞれの活動するステージ(※)で輝ける場を持つことで、モチベーションを保ち、チームは活性化していきます。
「育成」の理想は、運動もしたことがなかった1年生が4年生で開花し、リーグ戦で活躍するというストーリー。育成担当には、自分が育成した選手が活躍する、という大きな夢があるのです。
(※)JLA主催の関東学生リーグ戦以外にもある「大学チームによる自主運営リーグ戦」への参加。「大学チームによる自主運営リーグ戦」には、立教大学主催の「準リーグ」や慶應義塾大学主催の「Vリーグ」があり、選手育成や貴重な試合の機会として毎年開催されています。
ラクロスに縛らないチーム作り
スタンドにいる大久保宜浩さん(真ん中)と1年生育成コーチ陣・1年生育成コーチをしていた卒業生
慶應義塾大学は、あかつきカップに単独チーム(約40人)で出場しましたが、毎年新勧を成功させるために、どんな工夫をしているのでしょうか。JLAcademyの指導者講習会で講師もしている、ヘッドコーチの大久保さんにお聞きしました。
「指導者講習会でも伝えていることなのですが、新勧というのはチームの価値のすべてであって、1年を通して自分たちの部活の魅力を作ることを言います。新勧を入学式シーズンの3月4月だけのイベントだと思って、新勧係に任せているとうまくいきません」
大久保さんは、チームのことを商品に例えて、「いい商品じゃないと人は手に取りません。どうやって売ろうかと売り方だけを考えていてもうまくいかないのです。商品である自分たちの部活の魅力ってなんなのか、一年を通して『チーム全員』で考えて作っていくことが必要なんです」とアドバイスします。
慶應義塾大学の魅力がどこにあると考えるか、と大久保さんにお聞きすると「ラクロスに縛らないことかな」という答えが返ってきました。
海外留学へ行きたいというなら行っていいし、兼部したいなら兼部すればいい、と多様性を大事にしています。留学で休部していた選手も、戻ってからまた活躍すると言います。
常に自分で考え、自分で責任を持って行動することがチームのポリシーで、ラクロス以外のことに力を入れたバイタリティのある選手がいることで、いろんなものが融合して、おもしろいチームができる、と大久保さんは言います。
緊張感を経験できる場
日本一を目指すチームのヘッドコーチとして、あかつきカップではフレッシュマンにどんな結果を残してほしいと思っているのでしょうか。
「あかつきカップで何を目指すかは選手たちが考えること」と、大久保さんは答えます。
決して突き放すわけではなく、結果として優勝できたことはうれしいことではあるけれど、「それよりは、1年生のうちに全国大会でいろんな恐怖感・緊張感を乗り越えて、失敗を怖がらずチャレンジするということのほうが大切」と言います。
ヘッドコーチである自分が彼女たちにできることはささいなことで、本人たちが必死になっていることこそが大会出場の意義だと大久保さんは締めくくります。
北海道地区は今回が初参加
(左)藤女子大学ヘッドコーチ兼田采奈さんと(右) 酪農学園大学1年生育成コーチ山田穂さん
さて、ここからはあかつきカップに初出場の北海道地区を紹介します。
女子は、酪農学園大学・藤女子大学合同チームが出場しました。
酪農学園大学は1年生選手が11人、スタッフが3人なので、単独チームで出場することは可能だったのですが、交代を考えると少ないので藤女子大学と合同チームを組み出場しました。
互いに仲が良いチームだったことと、酪農学園大学のヘッドコーチ(北海道大学OG)と藤女子大学のヘッドコーチ・兼田采奈さんの価値観が合っていたことが合同チームを組んだ理由です。
開催地岡山県から一番遠くにある北海道地区では、このあかつきカップはどんな存在だったのでしょうか。
「新人戦では、北海道地区で優勝することを目標にしてきましたが、北海道地区全体で盛り上げようという気持ちがあり、自チームだけがうまくなればいいとは考えていませんでした。出場したからには、1年生に他地区のモチベーションを知ってもらい、刺激を受けてほしいと思っています」(藤女子大学・兼田さん)。
「2023年度リーグ戦で全国大会出場を目標にしていましたが(リーグ戦当時4年生)、それが叶いませんでした。1年生もその様子を見ていたので、先輩を全国大会へ連れて行く! とリーグ戦と同じ熱さで新人戦を戦い、実際に連れてきてもらえました」(酪農学園大学の1年生育成コーチの山田穂さん)。
北海道地区応援席には、酪農学園大学の上級生の姿もあり、1年生育成コーチの山田さんと同じように「酪農学園大学は、2023年度のリーグ戦では決勝戦までいけず(3位)悔しい思いをしたのですが、1年生が全国への切符掴んでくれたので応援に来ました」と話していました。
北海道地区(男子)は北海学園大学・北星学園大学合同チームが出場。決勝戦会場では、同じAブロックから勝ち上った関東地区を応援。会場を一番盛り上げてくれました。
Photo by 日本ラクロス協会広報部 小保方智行
Text by 日本ラクロス協会広報部 岡村由紀子
日本ラクロス協会広報部 LACROSSE MAGAZINE編集部